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第1章 はじまり
あの頃は、色んな意味で、いい時代だった。
 一つには、あの頃はお偉いさんの口添えさえあれば、少々悪いことをしても少年院には入らずに済んだ。それにもう一つ、あの頃はマイクがいた。
俺がマイクに出会えたのは、その二つの幸運がうまい具合に重なったからだった。
俺はその頃、町のしけたギャング団に入るために、さまざまなテストを受けている最中だった。その一環として、俺はある晩、裏口から肉屋に押し入ると、高級ステーキ肉をことごとくミンチにして外に持ち出し、町中の金持ちの家の窓に肉団子を投げつけた。もちろん、俺のポケットは、肉屋のレジから頂いた金で膨らんでいた。脇で見ていた仲間達が…俺はまだ仲間の一員とは認められていなかったが…大笑いしていたので、俺はいい気分になって、肉団子や、それにソーセージも投げつけた。卑猥な冗談をつけあわせに添えるのも忘れずに。が、怒って窓を開けた中年男の顔の真ん中に肉団子がべちゃりと命中して、歓声を上げた瞬間、俺は背後から忍び寄ってきたサツに逮捕されてしまった。脇で見ていた奴らはもちろん、とっくに逃げ去っていた。
 この程度のことで捕まってしまったとあっては、俺の入団が認められる日は、まだしばらく先のことになりそうだった。逮捕されたときに真先に頭に浮かんだのは、そのことだった。ポケットに入っていた金は大した額ではなかったし、少年院のことはあまり心配していなかった。俺は、戦争で頭がいかれた親父を持つ哀れなガキとして町内じゃ有名だったから、予想通り、子供の頃に通っていた教会の牧師が助け船を出してくれた。
「私は、不良少年という仮面の下に隠れた、この子の本当の姿を知っています」
奴は恥知らずにも、警官や怒り狂った肉屋のオヤジの前で、そう言い放った。なんでも知っているふりをしたがる奴が、この世の中には相当な数、いるものだ。しかも奴は、神様を知っているふりをすることを職業にしている男だったから、図々しさも人並み以上だった。
でも、この間抜けなお人好しのおかげで、俺は難を逃れたのだった。少年院に行く代わりに、こいつの提案する社会奉仕活動をすればいいということになった。(将来、まともな仕事に就いたら、牧師が立て替えた高級ステーキ肉代を払う約束もさせられたが、そんな仕事に就く予定は永遠にないから大丈夫)神様を信じてるような変人が何を提案してくるか、俺には見当もつかなかったが、少年院に行くよりはましに決まってる。
でも、奴の提案は、俺の想像をはるかに超えていた。
「君は、夜更かしが好きかい、トビー?」
 俺と二人きりになると、牧師はまずそう訊ねた。俺が早起きアニメを見てから、学校に行くような奴だとでも思っているのだろうか? 最後に学校に行ったのがいつかも思い出せないのに。
「もしそうなら、君にぴったりの仕事がある」
奴は、俺の答えを待たずに先を続けた。
「これから毎晩、私がいいと言うまで、ハイドレーク症候群の少年の家庭を慰問をしてほしい。彼は日光に極度に敏感なため、昼間は外に出ることはおろか、カーテンを開けることもできない。もちろん学校にも行けないし、友達もいない。だから、君が夜中に彼の家を訪問し、一緒に勉強したり、おしゃべりをしたりして欲しいんだ。悪い話じゃないだろう? ところで、ハイドレーク症候群が、どんな病気か知っているかな?」
 奴は、原住民を洗脳しようとする宣教師のような笑みを浮かべて、俺の顔を覗きこんだ。
「この病気にかかった人達は、一般にこう呼ばれている。吸血鬼とね」
 吸血鬼の慰問…? しかも牧師の斡旋で? 
 それが、少年院に行くことよりもいいことなのか、俺にはよく分からなかった。

 教会の牧師室で、その瞬間、俺は奴にはめられたと思った。もし奴が、二人きりになった途端、俺におかしなまねをしようとしたとしても、こんなには驚かなかっただろう。
 まず第一に、俺の頭に浮かんだ疑問は、吸血鬼は30年代に絶滅したはずだということだった。俺がどんなに低能でも、そのくらいのことは、テレビを通じて知っていた。
 でも、牧師によると、絶滅したのは野生の吸血鬼で、ごく少数ながら、社会化された吸血鬼というのが、まだ生きているんだそうだ。
 マイクも、その一人だった。子供の頃に、最後の野生の吸血鬼の一人に血を吸われ、感染したのだそうだ。
 野生の吸血鬼に噛まれて吸血鬼になったのなら、マイクだって野生の吸血鬼なんじゃないかと、俺は思ったが、そういうことではないらしい。マイクは、吸血鬼であることをちゃんと役所に報告し、鑑札を受けている「社会化された吸血鬼」なのだそうだ。
 そんな奴に会ったことは、俺の人生で一度もなかった。
「それはそうだろう」
 と、牧師は言った。そもそも彼らの数は少ない。その上、彼らは日中、外に出られないし、定期的に輸血を受けなければならないという特殊な体質のせいで、普通の社会生活は送れない。それに吸血鬼だということがばれると、普通の人間社会から締め出しを食らう恐れがあるので、たいていは吸血鬼であることをひた隠しにしている。それが、社会化された吸血鬼の存在が世間に広く知られていない理由だそうだ。
「しばらく前から、マイクのお母さんに、マイクの友達になれそうな子を紹介してほしいと頼まれていたんだ。だけど、マイクの生活パターンに合わせられる子を見つけるのは、難しくてね。その点、君なら適任だ。夜に強いし、マイクと同じ十四歳だし。それにマイクは賢くて感受性の豊かな子だから、けして訳もなく君に噛みついたりはしないよ」
「…訳があれば、噛みつくかもしれないってことかい?」
 奴は眉をつりあげ、静かに微笑んでみせた。

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